マーケティング職の副業活動調査:IT企業のリスク管理と適切な対応策
1. 事例の概要
副業活動調査の依頼背景
愛知県名古屋市に本社を置くIT企業S社から当社へ相談がありました。S社はクラウドサービスやマーケティングSaaSツールを提供する従業員数約80名の成長企業です。近年、副業人材の活用やフリーランス協業が一般化する中、S社でもマーケティング部門を中心に申告制での副業を認める方針をとっていました。しかし、マーケティング部門のリーダーであるC氏が、申告なく社外活動を行い、自社の顧客情報や戦略を流用している疑いが生じたのです。
C氏は入社3年目のマーケティングマネージャーで、デジタルマーケティング施策の立案から実行、分析までを統括し、社内の重要な販促キャンペーンや顧客データ分析に携わっていました。部内メンバーからの報告によると、C氏はS社の競合他社が運営するウェビナーに講師として登壇していたことが偶然発覚。さらに、C氏が個人で運営するマーケティングコンサルティングサービスでは、S社の事例と酷似したマーケティング手法が紹介されていることがわかりました。
S社が重視していたのは、申告義務違反という就業規則上の問題だけでなく、同社の顧客情報やマーケティング戦略、分析データなどの競争力の源泉となる情報が外部に流出している可能性でした。そこで当社に依頼があり、C氏の副業活動の実態と、S社への影響を調査することになりました。
企業が抱える具体的な懸念点
S社が抱えていた主な懸念点は以下の通りでした:
- C氏の副業活動の規模と内容(クライアント、提供サービス、収益規模など)
- S社の顧客情報や分析データの流用可能性
- S社固有のマーケティング戦略・ノウハウの外部への漏洩
- 競合他社との関係性と情報共有の有無
- S社の社内リソース(時間、ツール、人脈など)の私的流用
- マーケティング施策の独自性低下による競争力への影響
特にマーケティング分野では、データや施策のノウハウ、効果測定結果などが企業の重要な資産となる一方で、個人のスキルと企業のノウハウの境界が曖昧な場合も多く、副業による情報流出リスクの判断が難しいという業界特有の課題がありました。S社としては、厳正な対応と人材確保のバランスを取りながら、適切な対処法を模索していました。
2. 調査の進め方
副業活動調査の手法と特徴
当社では、マーケティング職の副業特性を踏まえ、以下の調査手法を組み合わせて実施しました:
オープンソース情報の調査
- C氏のSNSアカウント(LinkedIn、Twitter、Facebook等)の活動分析
- 個人ウェブサイト、ブログ、メディア投稿記事の内容確認
- オンラインセミナー、ウェビナー登壇内容の確認(録画・資料の分析)
- マーケティングコミュニティやフォーラムでの発言・関与の追跡
- スキルシェアプラットフォームやオンラインコンサルでの活動状況
行動調査
- 勤務時間外の活動パターン観察(イベント参加、クライアント訪問など)
- 業界セミナーやネットワーキングイベントでの活動状況
- 競合他社マーケティング担当者との接触確認
- 副業クライアントとの面談・商談場所の確認
コンテンツ分析(S社の同意の下で実施)
- C氏が作成した社内資料と外部公開資料の比較分析
- マーケティング戦略・キャンペーン内容の類似性検証
- 事例紹介・成功実績における数値・グラフの照合
- 使用されているキーワード戦略やメッセージングの一致度調査
法的・倫理的配慮ポイント
マーケティング職の副業調査では、以下の点に特に配慮して調査を実施しました:
- 個人の専門知識と企業資産の区別:マーケターとしての一般的スキル・知見と、企業固有の機密情報・ノウハウを適切に区別
- プライバシー保護:公開情報の収集に限定し、個人の私生活や通信内容への侵害を回避
- 著作権・商標権の観点:マーケティング資料やコンテンツの類似性評価において、法的保護対象の範囲を考慮
- 調査方法の透明性:S社にも調査手法を明示し、過度な監視や追跡を行わない方針を共有
- 判断基準の客観性:「マーケティングのアイデア」と「具体的施策・データ」を区別し、公平な評価を心がける
マーケティング分野では個人のナレッジと企業資産の境界が曖昧になりがちなため、副業調査においても「一般的な業界知識の活用」と「企業固有情報の流用」を区別する視点を重視しました。また、調査はあくまで事実確認を目的とし、先入観を排除した客観的な情報収集に努めました。
3. 調査で判明した事実
典型的な副業パターンと実態
約1ヶ月にわたる調査の結果、C氏の副業活動について以下の事実が判明しました:
副業活動の内容
- 個人名義のマーケティングコンサルティング事業の運営(月間3〜4社のクライアント対応)
- 複数のスタートアップ企業へのマーケティングアドバイザーとしての関与(月額顧問契約)
- 競合他社を含む業界セミナー・ウェビナーでの定期的な講師活動(月2〜3回程度)
- オンラインマーケティング講座の制作・販売(サブスクリプション型教育コンテンツ)
- 業界メディアへの寄稿・インタビュー対応(月1〜2回程度)
これらの活動はいずれもS社への申告がなされておらず、月間の副業収入は本業給与の約40〜50%に相当すると推定されました。注目すべきは、C氏のコンサルティングクライアントの中にS社の競合他社が含まれており、さらに彼らに提供しているアドバイスがS社の最新マーケティング戦略と酷似している点でした。
就業時間との関係
副業活動と本業の関係については、以下の実態が確認されました:
- 副業活動の一部(特にクライアントとの電話やメール対応)が勤務時間中に行われていた形跡
- S社の業務時間中に副業関連の資料作成やコンテンツ編集(1日平均30〜45分程度)
- 副業クライアントとの対面ミーティングのためのS社勤務時間の調整(早退・遅刻・休暇取得)
- 講演やセミナー登壇のための出張を「営業活動」として申請
企業に与える影響とリスク分析
C氏の副業活動がS社に与える影響とリスクを分析した結果は以下の通りです:
情報漏洩・機密保持に関するリスク
- 顧客データの流用:S社の顧客属性分析や行動パターン分析結果が、匿名化されているものの、C氏のセミナー資料やブログ記事で使用されていた
- マーケティング戦略の共有:S社が数ヶ月かけて開発した新規顧客獲得戦略のフレームワークが、C氏のコンサルティングサービスで活用されていた
- 未公開キャンペーン情報:S社の今後の展開予定だった施策について、副業クライアントへのアドバイスで言及していた形跡
- 競合分析情報の漏洩:S社が社内用に作成した競合他社分析データが、C氏の副業資料に部分的に組み込まれていた
業務パフォーマンスへの影響
- S社のマーケティングキャンペーン実施スケジュールの遅延(直近6ヶ月で複数回発生)
- レポート提出やデータ分析の品質低下(粗さやミスの増加)
- 社内会議での集中力低下(副業関連の連絡対応による中断)
- チームマネジメントの質の低下(部下へのフィードバック不足、育成時間の減少)
競争力への影響
- S社独自のマーケティング手法が業界内で広まり、差別化要素の減少
- 競合他社が類似のキャンペーンを短期間で展開(情報漏洩の可能性)
- S社のブランディング戦略と類似したアプローチを副業クライアントが採用
- 潜在顧客への二重のアプローチ(S社としてのアプローチと個人コンサルタントとしてのアプローチ)
総合的に見て、C氏の副業活動は単なる申告義務違反にとどまらず、S社の知的財産・営業秘密の漏洩、業務効率低下、さらには競業避止義務違反の可能性を含む複合的なリスクを伴うものでした。特にマーケティング戦略や顧客インサイトは企業の競争力の核となるため、これらの社外流出は深刻な問題と判断されました。
4. 解決策と対応
事実確認と当事者との話し合い
調査結果を受け、S社はC氏との事実確認面談を実施しました。当社からは対応方針について以下のアドバイスを提供しました:
- 証拠に基づく冷静な対話:感情的な追及ではなく、収集した客観的事実に基づく話し合い
- 情報資産の価値の再確認:マーケティングデータや戦略の企業資産としての価値を明確に伝える
- 個人のキャリア志向の理解:副業に至った背景や動機を理解し、建設的な解決策を模索
- 明確な境界線の設定:個人の知見・スキルと企業固有の情報資産の境界を明確化
面談の結果、C氏も副業活動の事実と申告義務違反については認めました。ただし、意図的な情報漏洩ではなく「一般的なマーケティングノウハウとして共有した」と主張。自身のキャリア発展と知名度向上が主な副業の動機だと説明しました。
企業としての適切な対応指針
S社は状況を総合的に検討し、以下の対応を実施しました:
短期的対応
- C氏への書面による厳重注意(就業規則違反に対する処分)
- 競合他社へのコンサルティング契約の即時解消要請
- S社固有の情報・データを含む講演資料やブログ記事の修正または削除要請
- 副業活動の全面申告と承認プロセスへの組み入れ
- 情報セキュリティ研修の受講義務付け
C氏との合意事項
- 副業活動内容の完全開示と事前承認プロセスの遵守
- 勤務時間中の副業関連活動の完全停止
- S社マーケティングデータの使用禁止(匿名化されたものも含む)
- 競合他社関連の副業活動の中止
- 副業活動に関する月次報告書の提出
- S社の情報資産の取り扱いに関する追加誓約書の提出
組織的対応
- マーケティング部門全体への情報セキュリティ教育の強化
- 副業申告・承認プロセスの簡素化と明確化
- 情報資産の分類と取り扱い基準の明確化(特にマーケティングデータ)
- 社内マーケティング人材のキャリアパス拡充(社外活動の正規化)
- マーケティング成果の社内評価・報酬体系の見直し
- 知的財産・営業秘密に関する研修プログラムの導入
S社の対応は、マーケティング人材の流動性が高まる現状を踏まえ、単なる懲戒処分ではなく、人材の維持と情報資産の保護のバランスを重視したものでした。特に重要だったのは、「個人のスキル・知見」と「企業の情報資産」の境界を明確化し、社員のキャリア発展と企業利益の両立を目指す方針でした。
5. 事例から学ぶ教訓
副業規定の見直しポイント
本調査事例から、IT企業のマーケティング部門における副業管理について、以下の重要ポイントが導き出されました:
- 情報資産の明確な定義:マーケティングデータ、分析結果、戦略フレームワークなど、保護すべき情報資産の範囲を具体的に定義
- 競合他社の定義と範囲:直接競合だけでなく、潜在的競合や業界関連企業も含めた競業避止範囲の明確化
- 副業申告プロセスの実効性:形式的な申告ではなく、実質的なリスク評価を含む承認プロセスの構築
- 情報持ち出し・利用基準:特にデジタルデータやオンライン上の情報共有における明確なガイドライン策定
- マーケティングノウハウの区分け:「一般的な業界知識」と「企業固有の機密情報」の区別基準の明確化
予防と共存のバランス戦略
IT企業、特にマーケティング部門において副業活動と企業利益を両立させる戦略として、以下のアプローチが有効です:
- 承認された副業の正規化:一定条件下で副業を正式に認め、透明性を確保
- 社内での活躍機会の創出:セミナー登壇、メディア露出など、社外活動欲求を社内で充足させる仕組み
- 個人ブランディングと企業ブランドの連携:社員の専門性向上が企業価値につながる好循環の構築
- 情報分類と利用許諾の明確化:社外で共有可能な情報と厳格に保護すべき情報の区別
- 定期的なモニタリング体制:過度な監視ではなく、定期報告や相互確認による健全な管理
- 社内副業制度の確立:部門横断プロジェクトや社内起業制度など、副業的活動の内部化
- インセンティブ設計の見直し:成果に応じた報酬体系により、副業に頼らない収入向上の道筋を提供
本事例は、デジタル時代における情報資産の保護とマーケティング人材の活用の難しさを示しています。特にIT企業においては、人材の専門性向上と企業の情報保護のバランスが重要であり、単なる禁止や罰則ではなく、共存のための枠組み作りが求められています。
副業調査は単なる不正発見のツールではなく、組織と個人の健全な関係構築のための出発点と捉えることが、現代の人材マネジメントには不可欠です。透明性を高め、適切な境界線を設定することで、企業の競争力維持と人材の成長を両立させることが可能になるでしょう。
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マーケティング人材の副業調査や情報漏洩対策でお悩みの企業様は、ブエナヴィーダ株式会社までお気軽にご相談ください。愛知県を中心に、東海地方のIT企業における調査実績が豊富です。初回相談は無料で承っております。
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本記事の監修者

田中代表
代表取締役社長
ブエナヴィーダ株式会社
資格・専門性
- 公認システム監査人(CSA)試験合格
- 公認不正検査士(CFE)試験合格
経歴
- 内部監査室室長
- 外務省在外公館専門調査員
代表の田中は、企業の内部監査室室長として社員の不正等を監査し、また、外務省在外公館専門調査員として外国公務員贈賄防止等に尽力した経験を持つ専門家です。
現在は、ブエナヴィーダ株式会社の代表として、その豊富な経験と専門知識を活かし、社内不正調査業務を指揮しています。