ブエナヴィーダ株式会社 |社内不正調査のプロ集団 (愛知・岐阜・三重))

内部不正の種類や最新手口、実際の事例

 

内部不正の種類と最新手口、事例まとめ

はじめに:増加する内部不正リスクと企業の課題

近年、内部不正による情報漏えいや金銭的被害は企業にとって深刻なリスクとなっています。情報処理推進機構(IPA)の調査によれば、情報セキュリティインシデントの約3割が内部関係者によるものとされており、その影響は外部からの攻撃よりも甚大になるケースが少なくありません。

リモートワークの普及やクラウドサービスの活用が進む中、従来の「社内ネットワークは安全」という前提が崩れ、内部不正のリスクは一層高まっています。本記事では、IPAの「組織における内部不正防止ガイドライン」を参考に、内部不正の種類や最新手口、実際の事例、そして効果的な対策について詳しく解説します。

内部不正とは何か:定義と範囲

内部不正とは、企業や組織の内部関係者(従業員、派遣社員、委託先企業の作業者など)が、故意に組織の規則や法令に違反し、組織に損害を与える、または自己の利益を図る行為を指します。IPAのガイドラインでは、内部不正を「組織の情報や資産を扱う人間が、業務上与えられた正規の権限を悪用して、個人の利益のために組織の利益を損なう行為」と定義しています。

内部不正の範囲は広く、情報漏えい、データ改ざん、資金の横領、物品の持ち出しなど多岐にわたります。特に、デジタル化が進んだ現代では、情報資産に関わる内部不正が増加傾向にあります。

内部不正による被害の実態と影響

内部不正による被害は、直接的な金銭的損失だけでなく、社会的信用の低下、法的責任、事業継続への影響など、多岐にわたります。日本ネットワークセキュリティ協会(JNSA)の調査によれば、一件あたりの情報漏えい事故による平均損害賠償額は約5,500万円と試算されていますが、内部不正による場合は被害が長期化・深刻化する傾向があります。

特に深刻なのは、以下のような影響です:

  • 顧客や取引先からの信頼喪失
  • 株価下落や企業価値の毀損
  • 規制当局からの罰則や行政処分
  • 競争優位性の喪失(技術情報流出の場合)
  • 内部のモラル低下や組織文化の悪化

IPAによる「組織における内部不正防止ガイドライン」の概要

情報処理推進機構(IPA)は、組織における内部不正防止対策の参考として「組織における内部不正防止ガイドライン」を公開しています。このガイドラインは、内部不正の発生メカニズムを分析し、効果的な対策を体系的にまとめたものです。

ガイドラインの特徴は以下の通りです:

  • 内部不正の発生要因を「動機」「機会」「正当化」の3要素で整理
  • 組織全体で取り組むべき15の対策を提示
  • 人的・組織的・技術的対策をバランスよく組み合わせることを推奨
  • 企業規模や業種に応じた対策選択の考え方を提示

本記事では、このガイドラインの枠組みを参考にしながら、最新の手口や事例も加えて解説していきます。

1. 内部不正の種類と特徴

1-1. 情報・データに関わる不正

デジタル化が進んだ現在、情報・データに関わる内部不正は最も頻発しており、企業にとって深刻なリスクとなっています。

顧客情報・個人情報の持ち出し

顧客情報や個人情報の持ち出しは、内部不正の中でも特に多く発生しているケースです。営業担当者が転職時に顧客リストを持ち出す、コールセンター担当者が個人情報を不正に収集して名簿業者に売却するなどの事例が報告されています。

個人情報保護法の厳格化により、個人情報漏えいに対する罰則も強化されており、企業の法的リスクも高まっています。また、EUのGDPRなど国際的な規制にも対応する必要があり、グローバル企業ではより慎重な管理が求められています。

営業秘密・知的財産の窃取

企業の競争力の源泉となる営業秘密や知的財産の窃取も深刻な問題です。特に技術系の従業員が退職時に設計図、製造ノウハウ、ソースコードなどを持ち出し、競合他社や起業した会社で活用するケースが後を絶ちません。

不正競争防止法では、営業秘密の不正取得・使用・開示に対する罰則が定められており、刑事罰の対象となることもあります。特に組織的または計画的な営業秘密の窃取は、より厳しい罰則の対象となります。

機密情報の漏えい・売却

経営戦略、新製品情報、取引条件、M&A情報など企業の機密情報が内部者によって漏えいまたは売却されるケースも発生しています。特に、上場企業の未公表の決算情報や新製品情報などは市場価値が高く、金銭的利益を目的とした不正の標的となりやすい情報です。

機密情報の漏えいは、企業の競争優位性を大きく損なう可能性があり、特に研究開発型企業やブランド価値の高い企業では深刻な影響を及ぼします。

1-2. 金銭に関わる不正

金銭に関わる内部不正は、直接的な経済的損失をもたらすだけでなく、財務報告の信頼性も揺るがす重大な問題です。

横領・着服

企業資金の横領や着服は、古典的ながら現在も頻発している内部不正です。特に経理担当者や出納担当者など、資金の流れに直接関わる立場にある従業員による不正が多く見られます。典型的な手口としては、架空の支払い先を設定して自分の口座に送金する、現金取引の一部を着服するといったものがあります。

長期間にわたって少額ずつ横領を続けるケースも多く、発覚時には総額が数千万円から数億円に及ぶこともあります。特に、チェック機能の弱い中小企業や、特定の担当者に業務が集中している組織では、リスクが高まる傾向があります。

経費の不正請求

出張費や交際費など、経費の不正請求も頻発している内部不正です。架空の出張や会議の経費を請求する、実際よりも高額な経費を申請する、私的な支出を業務経費として請求するなどの手口があります。

近年では、デジタル化によって領収書の偽造も容易になり、従来の目視チェックだけでは検出が難しくなっています。また、テレワークの普及により、経費申請プロセスのデジタル化が進む中で、新たな不正の抜け道が生まれている可能性もあります。

取引先との共謀による不正

調達担当者や発注権限を持つ従業員が取引先と共謀し、架空発注や水増し発注を行うケースも発生しています。例えば、実際よりも高い金額で発注し、差額をキックバックとして受け取る、架空の業務委託契約を結んで資金を流出させるといった手口があります。

こうした不正は、内部者と外部者が結託して行われるため、通常の内部統制では発見しにくい特徴があります。特に、長期間にわたる取引関係の中で徐々に発生するケースが多く、組織的な監視体制が必要です。

1-3. システムに関わる不正

デジタル化が進む中、システムに関わる内部不正はより技術的・巧妙化しています。

不正アクセス・権限の悪用

システム管理者やIT担当者など、高度なアクセス権限を持つ従業員による不正アクセスや権限の悪用が問題となっています。例えば、他の従業員のアカウントを不正利用する、アクセス権限のない情報システムに侵入する、監視システムを無効化するといった行為です。

特に、クラウドサービスの普及により、オンプレミス環境とクラウド環境の両方にまたがるアクセス管理の複雑さが増し、管理の死角が生まれやすくなっています。また、特権ユーザーによる不正は発見が難しく、被害が拡大しやすいという特徴があります。

データの改ざん・破壊

業務データや記録の不正な改ざんや破壊も、重大な内部不正です。営業成績の改ざん、不良品検査データの改竄、取引記録の書き換えなど、業務上の不正を隠蔽するために行われるケースが多く見られます。

また、退職時や解雇時の報復として、重要データを削除したり、システムに障害を起こしたりするケースも報告されています。こうした行為は、業務の継続性を脅かすだけでなく、データの信頼性自体を揺るがす深刻な問題です。

システム設定の不正変更

セキュリティ設定やシステム設定の不正変更も、潜在的なリスクとなっています。例えば、ファイアウォールの設定を変更して外部からのアクセスを可能にする、ログ記録を無効化する、バックドアを設置するといった行為です。

こうした不正は、即時に被害が顕在化しないことが多く、長期間にわたって検出されないまま潜在的なリスクとなることがあります。特に、ITシステムの複雑化により、変更管理プロセスが形骸化している組織では、こうした不正が発生しやすい傾向があります。

内部不正は、単一の種類で発生するだけでなく、複数の不正が組み合わさって発生することも少なくありません。例えば、情報漏えいと金銭的利益を同時に得るケースや、システム設定の不正変更によって情報持ち出しを容易にするといった複合的な不正も見られます。そのため、包括的かつ多層的な対策が必要となります。

2. 内部不正の最新手口と傾向

2-1. テレワーク環境を悪用した手口

新型コロナウイルス感染症の流行を契機に急速に普及したテレワークは、働き方に革命をもたらした一方で、新たな内部不正のリスクも生み出しています。

監視の目が届きにくい環境での情報持ち出し

テレワーク環境では、上司や同僚の目が直接届かないため、不正行為が発見されにくいという特徴があります。画面のスクリーンショットを撮影する、機密情報を印刷して持ち出す、会議の内容を無断で録音するなど、オフィス環境では行いにくい不正が容易になっています。

特に急速なテレワーク導入により、適切なセキュリティ対策や監視体制が整わないまま運用を開始した企業では、こうしたリスクが顕在化しやすい状況にあります。BYOD(私用デバイスの業務利用)を認めている企業では、さらにリスクが高まる傾向があります。

私用デバイスを利用した情報漏えい

テレワーク時に私用のPCやスマートフォンを業務に利用することで、会社の管理が届かない環境での情報処理が行われるケースが増えています。こうした私用デバイスには、企業が管理していないソフトウェアやアプリがインストールされており、意図的または偶発的な情報漏えいのリスクが高まります。

また、私用デバイスに残された業務データが適切に消去されず、そのデバイスが転売された場合や第三者の手に渡った場合に、情報漏えいにつながるリスクもあります。最近では、SNSやメッセージングアプリを通じた情報漏えいも増加しています。

2-2. クラウドサービスを利用した手口

クラウドサービスの普及により、従来の境界型セキュリティでは防ぎきれない新たな不正手口が登場しています。

クラウドストレージへの無断アップロード

個人用のクラウドストレージサービス(Dropbox、Google Drive、OneDriveなど)に会社の機密情報を無断でアップロードするケースが増加しています。こうしたサービスは利便性が高く、社外からもアクセスできるため、退職時に情報を持ち出す手段として利用されることがあります。

従来の「USBメモリへのコピー」のような物理的な持ち出しと異なり、ネットワーク上の転送は検知が難しく、ファイアウォールやプロキシサーバーの制限を回避して行われることもあります。また、個人アカウントでアップロードされたデータは企業の管理下から完全に外れてしまうという問題もあります。

シャドーITによるセキュリティ回避

シャドーIT(企業のIT部門が把握・管理していないITサービスやツールの利用)も、内部不正のリスクを高める要因となっています。従業員が業務効率化のために独自に導入したクラウドサービスやツールが、セキュリティポリシーを回避する抜け道となることがあります。

例えば、社内で禁止されているファイル共有サービスを利用する、承認されていないコラボレーションツールで機密情報をやり取りする、個人アカウントでのSaaSサービス利用といった行為です。こうしたシャドーITの利用は、意図的な不正だけでなく、利便性を重視した結果として発生することも多いため、対策が難しい側面があります。

2-3. 退職・転職に関連した手口

従業員の流動性が高まる中、退職や転職に関連した内部不正は特に注意が必要です。

退職前の大量データダウンロード

退職が決まった従業員が、退職前の数週間から数ヶ月の間に、通常業務では必要のない大量のデータをダウンロードするケースが多く報告されています。特に、顧客リスト、製品仕様書、マニュアル、ソースコードなど、次の職場で役立つ可能性のある情報が標的となりやすいです。

最近の手口では、一度に大量のデータをダウンロードするのではなく、長期間にわたって少量ずつ持ち出し、異常検知を回避するという巧妙なケースも増えています。また、退職の意向を伝える前から計画的に情報を収集するケースもあります。

転職先での情報

転職先での情報・ノウハウの活用

退職者が前職で得た情報やノウハウを転職先で活用するケースも増加しています。特に、同業他社や競合企業への転職では、前職の顧客リストを使った営業活動、技術情報を活用した製品開発、内部プロセスの模倣といった形で顕在化することがあります。

こうした不正は、情報の持ち出し自体よりも、転職先での活用が発覚する形で明らかになることが多く、結果として前職と現職の両社を巻き込んだ法的紛争に発展するケースも少なくありません。営業秘密侵害訴訟の増加は、こうした背景も一因と考えられています。

2-4. 内部犯行の隠蔽テクニック

内部不正の手口は巧妙化しており、発見を困難にするさまざまな隠蔽テクニックが用いられています。

ログ改ざんや証拠隠滅の手法

特に技術的な知識を持つ従業員による不正では、ログの改ざんや削除といった証拠隠滅が行われることがあります。システム管理者権限を利用してアクセスログを編集する、ログ保存期間を短く設定して証拠を自動的に消去させる、システム時計を操作して時間的整合性を崩すといった手法です。

また、個人のPCやスマートフォンなど、企業の管理外のデバイスを経由して情報を持ち出すことで、社内システムのログに不自然な痕跡を残さないようにするケースも増えています。こうした手口は、不正の証明を困難にし、結果として対応の遅れにつながることがあります。

第三者を装った不正アクセス

自分の犯行を隠すために、外部からの攻撃を装うケースも報告されています。例えば、自分のアカウント情報を意図的に流出させて第三者によるハッキングに見せかける、マルウェア感染を装って情報漏えいの原因を偽装する、他の従業員のアカウントを不正に利用して犯行を実行するといった手法です。

こうした偽装工作により、内部不正の調査が外部攻撃対応という誤った方向に進み、真犯人の特定が遅れるリスクがあります。技術的知識を持つ従業員ほど、こうした高度な隠蔽工作を行う傾向があります。

3. 実際に発生した内部不正事例の分析

3-1. 大規模情報漏えい事例

内部不正による情報漏えいは、企業の信頼を大きく損なう深刻な事態につながります。

金融機関における顧客情報流出事例

2018年、国内大手銀行の元行員が、約3万件の顧客情報を持ち出し、名簿業者に売却した事件が発生しました。この元行員は、顧客情報管理システムから職務上の必要以上の情報にアクセスし、スマートフォンで画面を撮影するという単純な方法で情報を持ち出していました。

この事件の特徴は、比較的単純な手口にもかかわらず、長期間にわたって不正行為が継続された点です。情報管理システムにはアクセス制限があったものの、一度アクセス権を得た従業員の行動を監視する仕組みが不十分であったことが原因とされています。この事件により、当該銀行は金融庁から業務改善命令を受け、数億円規模の損害賠償や対応コストが発生したと言われています。

医療機関における患者情報漏えい事例

2019年、地方の総合病院で、看護師が患者の個人情報を含む医療記録を無断で持ち出し、SNSで共有していた事例が発覚しました。この看護師は好奇心から芸能人や地元の有名人の診療記録にアクセスし、その内容を友人グループのクローズドなSNSグループで共有していました。

この事例では、医療記録へのアクセス権限が職種や業務内容ではなく、病院全体で広く設定されていたことが問題でした。また、アクセスログの定期的な確認が行われておらず、不審なアクセスパターン(担当外の患者の記録閲覧など)が検知されなかったことも、長期間の不正を可能にした要因です。結果として病院は地域からの信頼を大きく損ない、患者数の減少という形で経営的な影響も受けました。

3-2. 金銭的被害を伴う事例

直接的な金銭被害を伴う内部不正は、企業の財務に重大な影響を与えます。

長期にわたる経理担当者による着服事例

2017年、中堅製造業の経理部長が7年にわたって約2億円を着服していた事例が発覚しました。この経理部長は、架空の取引先を作成し、実際には存在しないコンサルティング料や業務委託費を計上して支払いを行い、その資金を自分の管理する口座に送金していました。

この事例の特徴は、経理業務の大部分が特定の個人に集中し、チェック機能が形骸化していた点です。また、監査においても表面的な書類確認のみが行われ、取引の実態確認が不十分だったことが長期間の不正を可能にしました。この不正発覚により、当該企業は財務諸表の訂正を余儀なくされ、上場廃止の危機に直面しました。

システム管理者による不正送金事例

2020年、ITサービス企業のシステム管理者が、顧客の決済システムに不正アクセスし、約5,000万円を不正送金した事例が報告されています。この管理者は、システムのバックドアを作成し、通常の認証プロセスを回避して取引データを改ざんすることで、複数の小口決済を自分の口座に送金していました。

この事例では、システム管理者に過度に集中した権限と、変更管理プロセスの欠如が問題でした。特に、本番環境への変更が単独の判断で行える環境が、不正行為を容易にしました。また、システムログの監視が不十分で、不審な取引パターンが検知されるまでに時間がかかったことも被害拡大の一因となりました。

3-3. 営業秘密・知的財産に関わる事例

企業の競争力の源泉となる営業秘密や知的財産の漏えいは、長期的な経営への打撃となります。

製造業における技術情報持ち出し事例

2016年、大手自動車部品メーカーの元技術者が、在職中に自社の製造技術に関する機密情報を持ち出し、転職先の競合企業でその技術を活用していた事例が発覚しました。この技術者は、数ヶ月かけて少しずつ技術資料や図面をUSBメモリに保存し、退職時には貴重な知的財産の大部分を持ち出していました。

この事例では、重要な技術情報へのアクセスが広く設定されていたこと、外部記憶媒体の使用制限が不十分だったこと、退職プロセスにおける情報セキュリティ管理が不足していたことなどが問題点として挙げられます。結果として、特許取得前の新技術が競合他社に流出し、市場での優位性が大きく損なわれました。

研究開発データの競合他社への漏えい事例

2019年、製薬会社の研究員が、開発中の新薬に関する研究データを競合他社に漏えいした事例が報告されています。この研究員は、競合他社からの金銭的報酬を受け取る見返りに、定期的に研究の進捗状況や実験データを提供していました。

この事例の特徴は、研究員が正規のアクセス権を持っていたため、システム上の不正アクセスとして検知することが難しかった点です。また、研究データの機密性は認識されていたものの、内部からの漏えいリスクに対する対策が不十分だったことも要因として挙げられます。研究開発には多額の投資が行われていたため、データ漏えいによる損失は数十億円規模に上ったと推定されています。

3-4. 事例から見る共通の要因と教訓

これらの事例から、内部不正を可能にする共通の要因と重要な教訓を導き出すことができます。

内部不正を可能にした組織的要因

多くの内部不正事例に共通する組織的要因としては、以下のような点が挙げられます:

  • 過度に集中した権限と責任(特定の個人に依存したプロセス)
  • 形骸化したチェック体制(実質的な監視・監査の欠如)
  • アクセス権限の過剰付与(最小権限の原則が守られていない)
  • セキュリティ意識の欠如(教育・啓発活動の不足)
  • 退職プロセスにおけるセキュリティ管理の不備
  • 内部通報制度の不在または機能不全

これらの要因は、単独ではなく複合的に作用することで、内部不正のリスクを高めています。特に、長期間にわたる不正行為が可能だった背景には、継続的なモニタリングの欠如という共通点があります。

発覚の契機と初期対応の重要性

内部不正の発覚の契機としては、以下のようなパターンが多く見られます:

  • 内部通報や従業員からの情報提供
  • 定期的な監査や調査による発見
  • 顧客や取引先からのクレームや指摘
  • 競合他社の市場での不自然な動き
  • システムの異常や不具合の調査過程での発見

注目すべきは、技術的な検知システムよりも「人」による発見が契機となるケースが多い点です。これは、内部通報制度の重要性と、従業員のセキュリティ意識向上の必要性を示しています。

また、不正発覚後の初期対応の適切さが、被害の拡大防止と企業の信頼回復に大きく影響します。証拠の保全、迅速な調査、適切な対外コミュニケーション、再発防止策の策定・実施といった一連のプロセスを事前に計画しておくことの重要性が、多くの事例から教訓として得られます。

内部不正事例の分析から見えてくる最大の教訓は、「技術的対策だけでは不十分」ということです。最新のセキュリティ技術を導入していても、人的・組織的な脆弱性があれば、内部不正は発生します。総合的なアプローチによる「多層防御」が、効果的な内部不正対策の鍵となります。

4. 内部不正防止のための対策フレームワーク

4-1. IPAガイドラインに基づく15の対策

情報処理推進機構(IPA)の「組織における内部不正防止ガイドライン」では、内部不正防止のために以下の15の対策を提示しています。これらは組織的・人的対策と技術的・物理的対策に大別されます。

組織的・人的対策

組織的・人的対策としては、以下の8つが挙げられています:

  1. 内部不正防止のための基本方針の策定:組織としての内部不正に対する姿勢を明確化し、経営層のコミットメントを示す
  2. 内部不正防止のための組織体制の確立:責任者の任命、部門間の連携体制の構築、役割と責任の明確化
  3. 内部不正防止のためのルールの策定と周知:情報取扱規程、禁止事項、罰則などの明確化と全従業員への周知
  4. 内部不正に関する教育・啓発活動:定期的な研修、事例に基づく教育、意識向上プログラムの実施
  5. 人事労務上の措置・対策:採用時の審査、ジョブローテーション、休暇取得の義務化、退職時の手続き整備
  6. 委託先・関係会社等の管理:契約における責任の明確化、委託先の選定・監査、秘密保持契約の締結
  7. 内部通報制度の整備:匿名性の確保、通報者保護、適切な調査プロセスの確立
  8. 内部不正発生時の緊急対応・再発防止:インシデント対応計画の策定、被害最小化の手順、原因分析と再発防止

技術的・物理的対策

技術的・物理的対策としては、以下の7つが挙げられています:

  1. 重要情報・システムの識別と管理:重要情報の分類、情報資産台帳の整備、リスク評価
  2. 情報システムのアクセス管理:ID・パスワード管理、特権アカウント管理、最小権限の原則の適用
  3. 情報システムの開発・運用管理:開発・テスト・本番環境の分離、変更管理、ソースコード管理
  4. 不正行為の検知と監視:ログ管理、アクセス監視、異常検知、定期的な監査
  5. インターネット接続環境の管理:ウェブフィルタリング、メール監視、外部通信の制限
  6. モバイルデバイス等の管理:持ち込み・持ち出し管理、私用デバイスの業務利用(BYOD)ポリシー
  7. 入退出管理・施設管理:物理的セキュリティ、区画管理、監視カメラ、クリアデスクポリシー

これらの対策は、組織の規模や業種、取り扱う情報の重要度などに応じて、適切に組み合わせて実施することが推奨されています。特に、単一の対策に偏るのではなく、組織的・人的対策と技術的・物理的対策をバランスよく導入することが重要です。

4-2. 内部不正の発生要因と対策の3要素

IPAのガイドラインでは、内部不正の発生メカニズムを「不正のトライアングル」と呼ばれる3つの要素で説明しています。効果的な対策のためには、これら3つの要素それぞれに対する対策が必要です。

動機(不満・金銭的問題など)への対応

内部不正を行う「動機」は、金銭的問題、職場への不満、私怨、自己顕示欲など様々です。このうち、組織として対応可能な要素としては以下が挙げられます:

  • 公正な評価・処遇制度の確立(不満の解消)
  • 過度なノルマや負荷の見直し(プレッシャーの軽減)
  • 内部通報制度の整備(不満の表出経路の確保)
  • メンタルヘルスケアの実施(ストレス要因の早期発見)
  • コミュニケーションの活性化(孤立の防止)

動機に対する対策は、必ずしも直接的なセキュリティ対策ではありませんが、健全な組織風土の醸成によって内部不正のリスクを根本的に低減する効果があります。

機会(アクセス権限・監視の弱さ)の制限

内部不正の「機会」は、システムへのアクセス権限、物理的アクセス、監視の弱さなどから生じます。機会を制限するための対策としては、以下が効果的です:

  • 最小権限の原則に基づくアクセス管理
  • 職務分離と相互チェック体制の確立
  • 定期的な権限棚卸しと見直し
  • 強固な認証メカニズム(多要素認証など)
  • ログ監視と異常検知の仕組み
  • 定期的な監査とサンプル調査

機会の制限は、技術的対策と組織的対策の両面から取り組むことが重要です。特に、一人で完結するプロセスを減らし、複数の目によるチェック体制を構築することが効果的です。

正当化(犯行の自己正当化)の抑制

内部不正を行う人は、自分の行為を何らかの形で「正当化」することで心理的抵抗を減らします。こうした正当化を抑制するための対策としては、以下が考えられます:

  • 明確なルールと罰則の周知(グレーゾーンの排除)
  • 倫理教育と意識啓発活動
  • 経営層による模範的行動と発信
  • 組織への帰属意識と忠誠心の醸成
  • 不正行為の結果と影響の具体的説明
  • 些細な違反も見逃さない組織文化の構築

正当化の抑制は、人の心理面に働きかける対策であり、短期間で効果が現れるものではありませんが、長期的な内部不正防止の基盤となる重要な要素です。

4-3. ゼロトラストアプローチによる対策

近年、内部不正対策としても注目されているのが「ゼロトラスト」の考え方です。これは従来の境界防御型セキュリティの限界を超える新しいアプローチです。

「信頼しない、常に検証する」の原則

ゼロトラストの基本原則は「何も信頼せず、常に検証する(Never trust, always verify)」というものです。これは従来の「内部ネットワークは信頼できる」という前提を捨て、全てのアクセスを潜在的なリスクとみなす考え方です。

具体的な実践方法としては、以下が挙げられます:

  • 全てのアクセスに対する継続的な認証と認可
  • 多要素認証(MFA)の徹底
  • リスクベースの認証(行動パターンを考慮した認証強度の調整)
  • デバイスの健全性評価(セキュリティパッチの適用状況など)
  • ネットワークセグメンテーションと接続制限
  • 常時監視と異常検知

ゼロトラストの考え方は、テレワークやクラウドサービスの普及による「境界の消失」に対応するもので、内外の区別なく一貫したセキュリティモデルを適用できる点が強みです。

最小権限の原則とアクセス制御

ゼロトラストでは「最小権限の原則(Principle of Least Privilege)」が特に重要です。これは、各ユーザーに対して業務上必要最小限の権限のみを付与し、不要な権限は一切与えないという考え方です。

効果的な最小権限の実践としては、以下のようなアプローチがあります:

  • ロールベースのアクセス制御(職務や役割に応じた権限設定)
  • Just-In-Time(JIT)アクセス(必要なときだけ一時的に権限を付与)
  • Privileged Access Management(特権アカウントの厳格な管理)
  • データレベルのアクセス制御(項目単位での権限設定)
  • 定期的な権限レビューと自動的な権限剥奪

ゼロトラストと最小権限を組み合わせることで、内部不正の「機会」を大幅に制限することができます。ただし、業務効率とのバランスを考慮した慎重な導入が必要です。

ゼロトラストの導入は、技術的な対策だけでなく、組織文化や働き方の変革も伴います。「誰も信用しない」という考え方が従業員の信頼感を損なわないよう、その目的と意義を丁寧に説明し、コミュニケーションを重視した導入を行うことが成功の鍵となります。

5. 効果的な内部不正対策の実践ポイント

5-1. 入社から退職までの一貫した管理体制

内部不正対策は、従業員のライフサイクル全体を通じた一貫した管理が重要です。

採用時のスクリーニングと教育

内部不正防止は採用プロセスから始まります。効果的なスクリーニングと初期教育には、以下のような取り組みが含まれます:

  • 経歴確認と身元調査(特に重要情報を扱う職種)
  • 前職での懲戒歴や法的問題の確認(法的に許容される範囲で)
  • 採用面接での倫理観・価値観の評価

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    採用時のスクリーニングと教育(続き)

    • 入社時の秘密保持契約(NDA)締結
    • 情報セキュリティポリシーへの同意取得
    • 新入社員研修での情報セキュリティ教育
    • 配属時の部門別セキュリティ教育

    採用段階でのスクリーニングには法的・倫理的な制約もあるため、過度に侵襲的な調査は避け、透明性のある適切な方法で行うことが重要です。また、初期教育では単にルールを教えるだけでなく、その背景や重要性を理解させることが効果的です。

    異動・昇格時の権限見直し

    組織内での異動や昇格は、権限の見直しが必要な重要なタイミングです。この段階での管理ポイントには以下が含まれます:

    • 新たな職務に必要な最小限の権限の付与
    • 不要となった旧権限の確実な削除
    • 特権アカウント付与時の追加審査と承認
    • 新たな職務に応じたセキュリティ教育
    • 権限変更の履歴管理と監査
    • 長期的な権限の累積(権限クリープ)の防止

    特に注意すべきは「権限の累積」です。異動や昇格の度に新しい権限が追加される一方で、古い権限が残されたままになると、時間の経過とともに過剰な権限を持つユーザーが増加し、内部不正のリスクが高まります。定期的な権限棚卸しと、不要権限の積極的な削除が重要です。

    退職プロセスにおけるセキュリティ管理

    内部不正リスクが高まる重要なタイミングの一つが退職プロセスです。効果的な退職時のセキュリティ管理には、以下のポイントが含まれます:

    • 退職申し出から最終勤務日までの行動監視強化
    • アクセスログの重点的なモニタリング
    • 業務の引き継ぎ過程での情報アクセスの制限
    • 退職時の秘密保持義務の再確認と誓約書取得
    • 最終勤務日での確実なアクセス権剥奪
    • 会社資産(デバイス、カード、鍵など)の回収確認
    • クラウドサービスやリモートアクセスの無効化
    • 退職後一定期間のアクセス試行監視

    特に競合他社への転職が判明している場合は、より慎重な対応が必要です。ただし、過度に疑念を示すような対応は避け、円滑な退職プロセスとのバランスを取ることが重要です。また、秘密保持義務の継続期間と範囲を明確に説明し、退職後の法的責任についても理解を促すことが望ましいでしょう。

    5-2. モニタリングと検知の仕組み

    内部不正の早期発見と被害最小化のためには、効果的なモニタリングと検知の仕組みが不可欠です。

    ログ監視と異常検知の自動化

    システムやアプリケーションのログを効果的に監視するには、以下のような取り組みが有効です:

    • 重要システムの包括的なログ収集(認証ログ、ファイルアクセスログ、通信ログなど)
    • ログの一元管理と相関分析(SIEM: Security Information and Event Management)
    • ベースライン(通常の行動パターン)の確立と偏差検知
    • AI/機械学習を活用した異常検知(ユーザー行動分析:UBA)
    • リアルタイムアラートと対応プロセスの確立
    • ログの改ざん防止と長期保存

    特に注目すべきは、単純なルールベースの検知だけでなく、行動パターンの分析に基づく異常検知の導入です。例えば、通常と異なる時間帯のアクセス、大量のデータダウンロード、普段アクセスしない情報へのアクセスなど、コンテキストを考慮した検知が効果的です。

    また、検知した異常に対して適切に対応するためのプロセスを確立することも重要です。「誰が」「どのように」「どのタイミングで」対応するかを明確にし、訓練しておくことで、不正の早期発見から迅速な対応までの一連の流れを確保できます。

    データ損失防止(DLP)ソリューションの活用

    データ損失防止(DLP)ソリューションは、機密情報の不正な持ち出しや漏えいを防止するための専用ツールです。効果的なDLP導入のポイントには以下が含まれます:

    • 保護すべき重要データの特定と分類
    • エンドポイント保護(USBデバイスの制限、ローカル保存の制御など)
    • ネットワーク保護(電子メール、Webアップロード、クラウド転送の監視)
    • コンテンツ認識技術による機密情報の自動識別
    • コンテキスト(誰が、いつ、どこで、何を)を考慮したポリシー設定
    • 段階的な対応(警告、ブロック、通知、ログ記録など)
    • 誤検知の最小化と継続的な調整

    DLPの導入においては、業務効率への影響を最小限に抑えつつ、効果的な保護を実現するバランスが重要です。過度に制限的なポリシーは従業員の不満や回避行動を引き起こす可能性があるため、リスクベースのアプローチで重要度の高い情報から段階的に保護することが推奨されます。

    また、テレワークやクラウドサービスの普及を考慮し、従来のネットワーク境界に依存しないエンドポイント中心のDLP対策も重要性を増しています。デバイスに直接実装されるエージェントベースのDLPソリューションや、クラウドアクセスセキュリティブローカー(CASB)との連携が効果的です。

    内部通報制度の整備と運用

    技術的な検知の仕組みと並んで、人的な検知の仕組みとしての内部通報制度も重要です。効果的な内部通報制度には以下の要素が含まれます:

    • 通報者の匿名性と保護の確保
    • 複数の通報チャネル(電話、メール、Webフォーム、外部窓口など)
    • 通報受付から調査、対応までの明確なプロセス
    • 通報への迅速かつ誠実な対応
    • 通報者へのフィードバック(法的・プライバシー上の制約内で)
    • 通報制度の存在と利用方法の周知
    • 報復行為の禁止と違反者への厳格な対応

    内部通報制度の有効性は、通報者の保護と通報への適切な対応にかかっています。通報が無視されたり、通報者が不利益を被ったりする経験が一度でもあると、制度全体の信頼性が損なわれてしまいます。経営層の本気度を示し、通報を組織改善の機会として前向きに捉える文化を醸成することが重要です。

    また、「些細なことでも通報してよい」という雰囲気作りも重要です。大きな不正は小さな違反行為から始まることが多いため、早期の段階で発見し対応することで、より深刻な事態を防止できる可能性があります。

    5-3. インシデント発生時の対応プラン

    内部不正の兆候や発生が確認された場合の対応プランを事前に策定しておくことが重要です。

    初動対応と証拠保全の手順

    内部不正の兆候を発見した際の初動対応と証拠保全には、以下のような手順が含まれます:

    • 対応チームの招集(情報セキュリティ、法務、人事、関連部署など)
    • 事実関係の初期確認と影響範囲の仮評価
    • 証拠の保全(ログ、監視記録、関連文書、デバイスなど)
    • デジタルフォレンジック調査の準備
    • 関係者へのインタビュー計画
    • 調査結果に基づく対応方針の決定
    • 必要に応じた外部専門家(法律、フォレンジック)の招集

    特に重要なのは証拠の適切な保全です。内部不正の場合、後の懲戒処分や法的措置に備えて、証拠の完全性と連続性(チェーン・オブ・カストディ)を確保することが不可欠です。調査の各段階で、誰がいつどのような証拠にアクセスしたかを記録し、証拠の改ざんや紛失を防ぐ手順を確立しておくべきです。

    被害拡大防止と事業継続

    内部不正が確認された場合、まず優先すべきは被害の拡大防止と事業継続の確保です。具体的な対応としては以下が考えられます:

    • 該当者のアクセス権限の即時停止または制限
    • 漏えい・改ざんされた可能性のある情報の特定と保護
    • 影響を受けるシステムの隔離または監視強化
    • 代替プロセスや緊急対応手順の発動
    • 関連する取引や業務プロセスの一時停止または特別監視
    • 二次被害防止のための追加セキュリティ対策
    • 顧客や取引先への適切な情報開示と対応

    被害拡大防止策の実施にあたっては、通常業務への影響も考慮する必要があります。特に、誤報の可能性がある初期段階では、決定的な証拠が得られるまでバランスの取れた対応を心がけることが重要です。また、法的な観点から、不当な権利侵害や風評被害を引き起こさないよう、慎重な判断が求められます。

    再発防止策の策定と実施

    内部不正インシデントの収束後には、徹底した原因分析に基づく再発防止策の策定と実施が不可欠です。効果的な再発防止のアプローチとしては、以下が挙げられます:

    • 発生した不正の詳細な手口と経緯の分析
    • 技術的・物理的対策の脆弱性の特定と改善
    • 組織的・人的要因の分析と対策(管理体制、教育など)
    • 類似事案の発生可能性がある領域の特定と優先的対策
    • 不正を可能にした根本原因(プロセス、文化など)への対応
    • 再発防止策の効果測定と継続的な改善
    • 事例の匿名化と組織学習への活用

    再発防止策は単なる技術的な対策にとどまらず、組織全体の仕組みや文化にも踏み込んだ総合的なものであるべきです。また、発生した事案を組織の学びとして共有することで、同様の不正の未然防止につなげることができます。ただし、関係者のプライバシーに配慮し、適切に匿名化した形での共有が重要です。

    内部不正インシデントは、適切に対応すれば組織のセキュリティ体制を強化する貴重な機会となります。「なぜ防げなかったのか」を真摯に検証し、技術・プロセス・人の各側面から改善を図ることで、より強靭な組織を構築することができるのです。

    まとめ:内部不正対策の今後と企業に求められる姿勢

    技術と人間の両面からのアプローチ

    内部不正対策の要諦は、技術的対策と人的対策のバランスの取れた実施にあります。最新のセキュリティ技術を導入するだけでは不十分であり、組織文化や人間の心理・行動も考慮した総合的なアプローチが必要です。

    技術面では、ゼロトラストアーキテクチャ、高度な認証技術、AI/機械学習を活用した異常検知など、従来の境界防御型セキュリティを超えた新たなアプローチが重要性を増しています。特に、テレワークやクラウドサービスの普及に伴う「境界の消失」に対応した、新しいセキュリティモデルへの移行が求められています。

    一方で人的側面においては、セキュリティ意識の向上、倫理教育、適切な評価・処遇、オープンなコミュニケーション文化の醸成など、人間の心理や行動に働きかける取り組みが不可欠です。技術的な対策をすり抜ける創意工夫は常に生まれるため、「不正をしない・させない」という組織文化の構築が、最終的な防衛線となります。

    信頼と牽制のバランス

    内部不正対策を進める上で、常に課題となるのが「信頼」と「牽制」のバランスです。従業員を過度に監視・制限することは、働きやすさや創造性を損ない、かえって不満や離反を生む可能性があります。一方で、過度に信頼に依存したシステムは、不正の機会を提供してしまう恐れがあります。

    このバランスを取るための考え方としては、以下のようなアプローチが有効です:

    • 「疑っているから監視する」ではなく「大切な資産を守るための共同責任」という文脈での説明
    • 監視・制限の目的と範囲の透明性確保
    • 全従業員に対する公平・公正な適用
    • プライバシーと業務効率への配慮
    • 「信頼」をデフォルトとし、リスクに応じた「牽制」の層を追加する考え方
    • 従業員参加型のセキュリティ文化の醸成

    特に重要なのは、セキュリティ対策の目的と意義を従業員に理解してもらうことです。「なぜこの対策が必要なのか」を明確に伝え、セキュリティを「みんなで会社を守る」という共通の目標として位置づけることで、監視や制限に対する抵抗感を軽減できます。

    継続的な見直しと改善の重要性

    内部不正の手口や傾向は、技術の進化や働き方の変化とともに常に変化します。効果的な対策のためには、定期的な見直しと継続的な改善が不可欠です。

    継続的な改善のためのアプローチとしては、以下が推奨されます:

    • 定期的なリスク評価と対策の見直し(年次または半年ごと)
    • インシデント事例や新たな脅威情報の収集と分析
    • 技術動向の把握と新たなソリューションの評価
    • 模擬演習や脆弱性テストによる対策の検証
    • 従業員からのフィードバックの収集と反映
    • 内部不正対策の成熟度評価と改善ロードマップの更新
    • 経営層への定期的な報告と資源配分の最適化

    特に重要なのは、「完璧な対策はない」という認識のもと、常に改善を続ける姿勢です。新たな脅威や変化する環境に対応し、「対策のアップデート」を継続することで、内部不正リスクを適切に管理することができます。

    また、内部不正対策は単なるコストではなく、企業価値を守るための投資として位置づけることが重要です。重要な情報資産を守り、社会的信頼を維持することは、長期的な企業価値向上につながります。経営層の理解と支援を得ながら、持続可能な内部不正対策を実現することが、今後の企業に求められる姿勢と言えるでしょう。

    内部不正対策の本質は、技術や仕組みだけでなく、組織の風土や文化にあります。「正しいことをする」という倫理観が組織に根付き、不正を許さない環境が自然に醸成される。そんな組織づくりこそが、最も効果的な内部不正対策なのかもしれません。

    本記事では、IPAの「組織における内部不正防止ガイドライン」を参考にしながら、内部不正の種類や最新手口、実際の事例、そして効果的な対策について解説してきました。これらの知識を活かし、自組織の実情に合わせた適切な内部不正対策を構築することで、大切な情報資産と企業価値を守ることができるでしょう。

    参考資料

    • 情報処理推進機構(IPA)「組織における内部不正防止ガイドライン」
    • 経済産業省「営業秘密管理指針」
    • JNSA「組織における内部不正対策ガイドライン」
    • 総務省「テレワークセキュリティガイドライン」
    • NIST Special Publication 800-53「Security and Privacy Controls for Information Systems and Organizations」

     

     

本記事の監修者

田中代表の顔写真

田中代表

代表取締役社長

ブエナヴィーダ株式会社

資格・専門性

  • 公認システム監査人(CISA)試験合格
  • 公認不正検査士(CFE)試験合格

経歴

  • 内部監査室室長
  • 外務省在外公館専門調査員

代表の田中は、企業の内部監査室室長として社員の不正等を監査し、また、外務省在外公館専門調査員として外国公務員贈賄防止等に尽力した経験を持つ専門家です。

現在は、ブエナヴィーダ株式会社の代表として、その豊富な経験と専門知識を活かし、社内不正調査業務を指揮しています。

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